240.大阪朝日が財政破綻の警鐘を鳴らす |
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日本の国と地方の借金は700兆円を超え、国民1人あたりにすれば600万円にもなる。これほど大きな公的債務を抱え、しかもその債務が増え続けている国は、戦後の先進国の中では、今の日本しかない。現状のまま債務がふくらみ続けば、いつか財政に対する内外からの不信感から円への信認が揺らぐ時がくるだろう。そうなれば、個人の金融資産が海外に逃げ出し、円は下落し、激しいインフレが起こる。(途中略) 改革をするかしないか。それは、国民1人600万円の債務を分割払いで整然と返済していくか、それとも支払いを先送りし続け、最後に破産して差し押さえにあうか、という違いのようなものである。どちらが望ましいかは明らかだ。歳出削減や増税という改革の痛みは、いずれ返さなければならない借金の分割払いの痛みだといえる。(途中略) 候補者を見抜く物差しは、バラ色の公約ではなく、国民が耐えるべき痛みを正直に告げる勇気の有無ではないか。
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朝日に限らず、他紙でも財政危機に関する記事が、各党のマニュフェストの公表後、増えてまいりました。しかし、破綻本かと見まがうばかりの大阪朝日のこの社説は、郵政民営化の是非のみに選択肢を絞った小泉総理の選挙戦術に対して、一石を投じ、何とか政策選択へと世論を誘導しようとの思惑も感じられます。おそらく、有権者に警鐘を鳴らす意味でインパクトのある社説を書きたかったのでしょう。素直に読めば、政府債務を先送りにすることなく、国民みんなで分割払いの痛みに耐えよう、と主張する候補者に一票を投じるのが、より賢明な選択である、と解釈できます。しかし、これは、そう簡単に解決可能な問題ではありません。誰が総理になっても、手をつけるのは極めて困難であることは目に見えています。おそらく、内閣のふたつや三つは吹っ飛ぶでしょうし、国民も納得せざるを得ないような惨状にならないと、大胆な改革は無理ではないでしょうか。
一方、財政破綻の足音は、着実に大きくなってきています。2006年度予算の概算要求の一般会計85.27兆円のうち国債の元利払いに充てる国債費が2005年度予算に比べ、2.05兆円増えて、20.5兆円となる見込みであるという記事を目にしました。(8/31、共同通信社ほか朝刊各紙) 財務省のHPで確認してみますと、「景気回復による長期金利の上昇を想定し、18年度以降は、長期金利を3%と設定 (現在は2%) した」とあります。現在、長期金利は1.3%~1.4%台に貼り付いていますが、今後の金利動向次第では、財務省の思惑以上に、国債費はますます増大していく可能性があるということだと思います。
亡国のイージスという映画が今、劇場公開され、(今年の夏はハリウッド映画が今ひとつということもあって) 映画は大入りだそうです。私は映画はまだ見ていませんが、福井晴敏の原作本は、数年前、読みました。エンターテイメント小説としては、1級品です。
8/24、新型のイージス艦が完成した、というニュースをテレビで見ました。海自では、5隻目のイージス艦だそうで、もう1隻建造するそうです。建造費が1475億円というのを聞きまして、ダム1基が約1000億なので、ああ、ダム1.5基分なのだな、と思いました。(ダムの規模にもよりますが、ここでいうダムは国土交通省が直轄で作る程度の規模です)
各党のマニュフェストでは、国防予算に関しては、自民、民主ともに詳細な記述がありません。自民党の場合、「防衛省設置法案を成立させる」とあることから、予算規模の縮小という選択はないのでしょう。一方、民主党の公共事業に関する選挙公約は、国直轄事業の5割カット、とあり、しかも九州の諫早湾干拓事業や川辺川ダムなどの大規模事業を名指しで廃止する、と言っています。
憲法は誰がまもるべきものか?
憲法は、国家権力を縛るためにある。当たり前の話(法学概論や憲法総論で教わる根本的な基本原理)ですが、世襲議員などの中には、憲法の基本原理(専制的な国家権力の支配(人の支配)によるものではなく、国家権力を「法」で拘束し、国民の権利・自由をまもることを目的とする原理)をあまり認識しておらず、なぜ憲法には国民の権利保障に関する規定が多いのかもよくわかっていない方もいるそうです。国民の弛んだ精神を締めなおさなければならないなどと、勘違いされることがありませんように。先日のラジオで憲法学者が危惧しておりました。
現憲法9条はアメリカの押し付けとか理想主義だと言われます。それは私も事実だと思います。軍備を持たない独立国家など世界に存在しません。現憲法下でも日本にはアメリカ軍が存在するし、自衛隊と言う事実上の軍隊が存在します。
従来は人口増加は国家を発展させるものだと考えられ、増加する人口を維持するためには外国を侵略せざるを得ませんでした。日本は直接武力を使った侵略はしなかったとしても、アメリカの武力を背景に経済力をつけ、経済的に侵略を続けて来ました。例えば、日本人のために使われている海外の農地は国内農地の4倍にもなると言われています。経済力で日本の農地の4倍の農地を占領しているのです。雪崩のような輸出攻勢によって現地企業を殲滅し、そこで働いていた人々を悲惨な目に合わせました。金を払っているのだから文句は言わせないと主張する人もいます。これも、増加する人口を維持するために当然な行為として正当化されてきました。(つづく)
rc2003さん流に言えば、やっと9条の理想を実現できる機会が訪れて来たのです。曲がりなりにも60年間持ち続けてきた理想を実現しようではありませんか。
9条以外の部分を変えたいと言われる気持ちも理解できますが、憲法は国家権力を規制するためにあるのです。国家権力を強化するために権力者が憲法を変えたくなるのは当然です。アメリカはしばしば憲法を修正し、覇権国家として成長してきました。従って、憲法を変えることには十分過ぎるほどの慎重さが必要で、5年毎に変えると言うような安易な態度には反対です。
体質を先になんとかしろよといいたい。
他人にには厳しいけれど、自分らは別。武富士のCMでボーナスもらう
アカが書いた記事を、ヤクザが売って、ありがたがって、読むのはバカだけ
となると困ります。まあ、自分は毎日新聞派ですので関係ないすけど。
○のところは、鮮ではありませんので、念のため。
副島『重税国家』の新刊も出ているようですが、小生の田舎にはまだ来ていません。
小泉総理は、自分は行財政改革が仕事だという。つまり、「壊す人」であって、「造る人」にはならない宣言。まことに子供。まことに能力不足。
人口減少が既に始まっているかもしれないといわれる今、将来のグランドデザインすら示せない指導者は要らない。
日本人の多くがそんな人のワンフレーズにシンパシーを感じ、自民党が大幅に勢力を盛り返すようなら、所詮、日本はその程度の民意、民力に過ぎないということ。
日本人に、ないものねだりをしたり、多くを期待しないようにしましょう。
せめて心を前向きにするために、先祖の経済危機、江戸時代の飢饉の生き残り方でも参考にしましょうか?
NHKその時歴史が動いた。平成17年9月14日 (水)
心の荒廃をひらけ―天保の大飢饉、二宮金次郎 四万人救済の時
21:15~21:58
尊徳は六尺一寸(185cm)、二十五貫(94kg)、足袋は十一文半(26.5cm)※わらじの大きさが28cmと書かれているのもあります。堂々たる体格の持ち主だったそうですね。
小田原市栢山(かやま)には、二宮尊徳が天明7年(1787)7月23日に生誕した生家があります。昭和34年、当時この家を所有していた渡辺家から譲渡を受けて、二宮尊徳誕生之地に元の姿で復元したものですが、
この生家の土地は、真珠王として知られる御木本幸吉氏が、明治期に買い戻し、中央報徳会に寄附したものだそうです。
尊徳の祖父 銀右衛門は、無駄な金は使わず努力家でしたから、富裕になりましたが、尊徳の父 利右衛門はお人よしで、お金を貸してあげたり、数年にして家産を減じました。寛政3年(1791年)の酒匂川の大洪水で、田畑の大半を失い没落し、二宮家は、いよいよ貧窮した、とのことですが、歴史認識の誤謬があるかもしれませんが、現在の日本は、二宮尊徳よりも、尊徳の父 利右衛門の状況によく似ているのではないか、と考えています。
「農家でも商家でも富んだ家の子供というのは、ちょうど山の絶頂にいるようなもので、これ以上登るところもなくて、前後左右みな自分より下にある。そこで身分不相応の欲をかき、武士のまねをしたり、大名のまねをして、驕り高ぶりついに破滅してしまうのさ。・・・(以下略)」(夜話二三四)
「・・・家を興した初代の人は、おのずから普通の人と違って努力型の人だから、(実際には)百石の財産があっても(余計な無駄なことをせずに、つましく)五十石で生活しても、世間の人は認めてくれるが、その子孫ともなれば、百石は百石だけ、二百石は二百石だけのように交際しないと家族だって召使いや他人も承知しないもんだ。そこで、とうとう不足を生ずるに至るのだな。この不足を生じた時に、すぐ分限を引き下げて切りつめればよいが、このことを知らないで切りつめないでいると必ず破滅してしまうもんだ。・・・(以下略)」(夜話二三六)









